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【北海道ってなぜこんなに広い?】歴史と豆知識

こんにちは、ナキです。
道民の暮らしや文化、自然の風景についてご紹介しています。日常に根付いた北海道の魅力をお伝えできればと思います。
みなさん、北海道と聞いてまず何を思い浮かべますか?
広大な大地、雄大な自然、澄んだ空気、おいしいグルメ…。そのすべてを支えるのが、北海道の「圧倒的な広さ」です。
日本の国土のおよそ22%を占める北海道。
どうしてここまで大きくなったのか? そこには、歴史的な背景や地理的な要因が大きく関係しています。
今回は、「北海道がなぜこんなに広いのか」という疑問を、歴史や豆知識とともにわかりやすく解説します!
北海道の広さを数字で実感しよう

まずは、具体的な数字を見てみましょう。
北海道の面積:約83,450km²
本州の面積:約227,970km²(北海道の約2.7倍)
四国:約18,800km²
九州:約36,750km²
つまり、北海道ひとつで四国の約4.5個分、九州の約2.3個分に相当するのです。
しかも、北海道は都道府県の中では「一つの県」として扱われています。これがまず驚きですよね。
さらに、都道府県別ランキングではもちろんダントツ1位の広さ。2位の岩手県(約15,000km²)とは、5倍以上の差があります。
北海道が広くなった歴史的背景

では、なぜこんなに広いのでしょうか?
それには、明治時代の政策と、歴史的な経緯が大きく関わっています。
1. 元々は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていた
江戸時代まで、現在の北海道は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。
この土地には、古くから先住民族のアイヌ民族が暮らしていました。
江戸幕府も一応、蝦夷地を支配下に置いていましたが本州とは文化も人の流れも異なり、ほぼ「別世界」だったのです。
2. ロシアとの国境問題があった
18世紀後半、ロシア帝国が南下政策を進め、樺太(サハリン)や千島列島にまで影響力を拡大し始めました。
これに危機感を持った江戸幕府は、蝦夷地を直接支配する動きを強化します。
そして、明治時代になると、日本政府は本格的に北海道を「国家の一部」として開発し始めたのです。
3. 明治政府による「北海道開拓計画」
1869年(明治2年)、新政府は「北海道」と地名を改め、開拓使という特別な役所を設置。
大規模な開拓と防衛を進めるために、意図的に広大な領土をひとまとめに管理しました。
農地開発・交通インフラ整備・移民政策(屯田兵制度)

これらを一体で行うため、「分割せずに一括管理する」という形をとったため、今もなお北海道はひとつの「道」として存在しているのです。
北海道が一県(道)として広いままの理由

なぜ後から分割しなかったのか?それにもいくつか理由があります。
1. 人口密度が低かったから
広い面積に対して、人口が極端に少なかった北海道。
(現在でも北海道の人口密度は、全国平均の約1/4程度)
わざわざ行政を細かく分けるメリットがなかったため、ひとつの道として管理し続けたのです。
2. 経済圏が広範囲にまたがっていたから
北海道では、広い範囲にわたって農業や漁業、林業などが行われています。
経済活動が地理的にまとまっているわけではないため、「札幌を中心に、道全体をひとつの単位で動かしたほうが効率的」と判断されたのです。
北海道にまつわる豆知識いろいろ

ここからは、北海道にまつわる「へぇ〜」となる豆知識を紹介します!
1. 「道」という呼び方は北海道だけ
日本では通常、「東京都」「京都府」「大阪府」「〇〇県」と呼びますが、北海道だけは「道」となっています。
これは、もともと古代日本で使われた「五畿七道(ごきしちどう)」という行政区分を参考にしているからなんです。
2. 札幌市だけで全国4位の面積!
札幌市の面積は1,121km²。
実はこれは、福岡市や広島市など他の大都市に比べて圧倒的に広いのです。
(例えば、福岡市は約343km²、広島市は約906km²)
市内だけで移動するにも、車で1時間以上かかることがあるのも納得ですね。
3. 実は離島もたくさん!
北海道本島だけでなく、周囲には利尻島、礼文島、奥尻島など多くの離島も含まれています。
これらの島々も、まとめて北海道に含まれているんです。
【まとめ】北海道の広さは歴史と戦略の賜物だった!

北海道がこんなにも広い理由は
明治時代の開拓政策
国防上の戦略的判断
地理的・経済的な効率性
などが深く関わっていたことがわかりました。
旅行で訪れるとき、ただ「広いなぁ」と感じるだけでなく、こうした背景を知っていると、もっと北海道が面白く感じられるはずです!
広大な大地と奥深い歴史に思いを馳せながら、ぜひ北海道の旅を楽しんでくださいね!